お話の国

お話の国

「お話の国」は、お子さんにお話の楽しさをお母さんお父さんの読み聞かせで伝えていただくことを目的にするコーナーです。 
 イギリスでは、「アンダー・テン」といって、まだ字が読めない幼児から小学校4年生くらいまでの子どもには親や大人が絵本や物語を読み聞かせることを推奨しています。自分で読めるようになっても、字を読むことに集中するので、物語を楽しんだり、イメージを膨らませる余力が持てないことが理由です。子どもはいくつになってもお母さんやお父さんに読んでもらう心地よさが大好きです。
 もちろん、じーじ、ばーばの読み聞かせもいつまでも記憶に残ることでしょう。
 世代を超えた心の絆を確かな一生ものにする読み聞かせのお話のタネを、このホームページからお送りします。

3月のお話「マーチさん さようなら」  作・片岡輝 絵・花之内雅吉

お天気がとてもいいある朝のこと、弥生は、ミイラの背中がパックリ割れて、中が空っぽになっているのを見つけました。

「ミイラがかえった! ミイラがかえったのよ! わたしのミイラはどこ?」大騒ぎをして子供部屋を探すと、一羽の大きなキアゲハが、カーテンのはじに止まって、やさしくやさしく羽を震わせているのでした。去年の秋、お庭のカラタチの枝で見つけた青虫を箱の中に入れておいたら、いつの間にか黄色っぽいさなぎになっていたのがミイラそっくりだったので、そう呼んでいたのです。

     

弥生は、いっとう初めに、お隣のマーチさんを呼んできました。大好きなお友達にキアゲハの赤ちゃんを誰よりも早く見せたかったのです。

 ところが、マーチさんは、なにをどう感違いしたのか、いきなり窓を開けて、キアゲハの赤ちゃんを外へ逃がしてしまいました。

「いじわる! マーチさんのいじわる!」

弥生の眼の涙のレンズに、マーチさんのにっこり笑った白い歯がボォーツと映りました。

「チョウチョさん、空のお家に帰った。よかったね。弥生ちゃんうれしいですね」

のっぽのマーチさんのほっそりとした首を見ていると、弥生は、いつも動物園で見たキリンを思い出します。そういえば、マーチさんのしなやかに伸びた長い長い両足も、どことなくキリンにそっくりで、いかにも走るのが速そうです。

マーチさんは、キリンの生まれ故郷のアフリカからやってきた留学生でした。弥生が生まれて初めて外国人と仲良しになったきっかけは、お正月に弥生がついた羽子板の羽根がお隣の屋根のひさしにひっかかって、べそをかいていた時に、マーチさんがひょいと背伸びして、いとも簡単に取ってくれた時からで、もう2年来の仲良しです。

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  マーチさんの日本語は、たどたどしくておせじにも上手とはいえません。だから、親子ほども年が離れているというのに、気が合うのかもしれませんね。

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 二人はずいぶんいろいろのことをして遊びました。アフリカスタイルの石けりもしましたし、マーチさんが豆のつるを編んで作った輪まわしもしました。弥生が知っている日本の遊びもぜーんぶ。でも、弥生が一番面白がったのはナゾナゾ遊びです。

 マーチさんが出すナゾナゾといったら、どれもとらえどころがなくて、とてもむずかしいのです。

たとえば、こんなふうです。

「あれはなーんだ?」…、こんなへんてこなナゾナゾってあるでしょうか?

「マーチさんって、ずるいずるい。弥生が〝石〟ってこたえたら、ちがう〝土〟っていうつもりなんでしょ。弥生が〝みみず〟ってこたえたら、きっと〝とかげ〟っていうつもりなのよ。そうにきまってるわ!」

「ぼくの国の子どもはね、〝あれ〟っていえば〝空〟と〝大地〟のことをいうんだ」

「どうして?」

「なぜなら、目の前には空と大地がどこまでもどこまでも広がっていて、〝あれ〟って指させば必ず空と大地に当たるからね」

 空港は、外国へ出発するお客さんでごった返しています。でも、マーチさんのいるところはキリン首のおかげで、たった一目で見つかりました。人ごみをかきわけかきわけ近づくと、マーチさんは弥生をひょいと抱き上げて、やさしく頬ずりして、

「さあ、とっておきの笑い顔を見せてください。お別れに私もとっておきのナゾナゾを一つ出しますから。さあわかるかな? 〝見えないものってなあんだ?〟」

マーチさんを見送った弥生の胸の中に、あたたかいアフリカの風がゴーって吹き込んできました。

「マーチさん、こたえは〝風〟でしょ?」

 いつか、この答えをお土産に持って、弥生はアフリカの空のもと、大地に降り立つことでしょう。いつか、きっと、ね。

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4月のお話「タンポポのごあいさつ」     作・片岡輝  絵・花之内雅吉

 おるは元気な男の子です。もし、どこかの街でどろんこになって遊んでいる子を見かけたら名前を聞いてみてください。きっと、 

「ぼく、かおるだよ」と答えて白い歯をだしてにこっと笑うことでしょう。 

 かおるにかおるという名前がついたのは、かおるが四月に生まれたからです。四月には、まるでクレヨン箱をひっくり返したようにいろんな花がいっせいに咲き始め、春の香りが透き通った、とりわけやさしい風にのって、人びとの鼻をくすぐります。 

 生まれたばかりの男の赤ちゃんをのぞきこんで、鼻の下をなが~くしていたパパとママの鼻にも、花の香りがとびこみました。 

「いいかおり! ほら、わたしたちの初めての赤ちゃん、これが木蓮のかおりですよ」

「木蓮か。うん、もくたろう、いや、れんたろうという名前にしよう!」

「あら、わたしは、かおるという名前にしようと、今、考えていたところよ。ね~、かおるちゃん、かおるでちゅよね~」

「ほぎゃ~」

 こうして、かおるという名前がきまりました。名前のせいか、かおるは、花が大好きです。男の子だからって、花が好きになってはいけないなんてきまりはありませんものね。

 今日もかおるは朝からタンポポの花をさがしています。タンポポの花って、そりゃあ、いろんなところに咲いています。庭の片隅、道路のはじっこ、階段のコンクリートの割れ目から顔を出している頑張り屋もいます。 

タンポポの花の茎を折ると、白いミルクのような汁が出ます。かおるがおそるおそるなめてみると、甘いようなちょっぴり苦いような味がしました。指と指のあいだにつけてこすると、ねばねばして糸をひきます。「ばか、りこう、ばか、りこう…」といいながら花びらを一つ一つむしって行くと、おばかさんかおりこうさんか、占うことが出来ます。ままごとの材料にだってなります。そんなタンポポで遊ぶのが、かおるは大好きでした。

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本目のタンポポを見つけたとき、赤いスクーターに乗ったおじさんがやってきて、「このへんのアパートに住んでる清水さんちを知らない?」とかおるに尋ねました。かおるはだまって首を横にふると、「しらなくて、ごめんなさい」というかわりに、タンポポの花を一本さしだしました。 

「おう、タンポポか。子どものころを思いだすなあ。ありがとう!」 

おじさんが胸のポケットにさすと、タンポポはまるで金メダルのようにキラキラとかがやきました。

赤いスクーターが角をまがって行ってしまうと、「そうだ! ぼく、タンポポをみんなにとどけよう!」かおるは、タンポポの花をにぎって、かけだしました。

ず、みっちゃんのお家です。キンコン…チャィムがなります。 

「あら、かおるくん。みっちゃんはいま、ピアノのおけいこにいってるのよ」とおばあちゃん。かおるがタンポポの花をさしだすと、

「まあ、すてき! 花瓶にさしておきますね。あとで遊びにいらっしゃい」 

 つぎは、お隣です。ビー・ビッビー。 

「だれだと思ったら坊やかい。大人は忙しいんだからいたずらしてはいけないよ」 

かおるの鼻先でピシャり、ドアが閉まりました。かおるは出しそびれたタンポポの花をポストに入れて次へ向かいました。 

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ントントン。はげはげペンキの古い木のドアをノックすると、ギーツとドアが開いて、しらがのおばあさんが出てきました。 

「おやまあ、かわいいお客様だこと。お客さんが見えるなんて、何年ぶりのことかしら。おじいさん、おじいさん、去年の春飛ばしたタンポポのたねが、きれいな花を咲かせて、かわいいお客さんを連れて帰ってきましたよ。さあさあ、どうぞおあがりくださいな」 

 かおるが部屋に入ると、ガラス戸ごしに、庭一面に咲いているタンポポの花が見えました。庭では、おじいさんがタンポポの綿毛を春の空へむかって「ふうふうふう…」と、一心に飛ばしておりました。

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5月のお話「かぜとかけっこしたら」  文・片岡輝  絵・花之内雅吉

 さやかの家は、港町の丘の上にたっています。

そこはちょうど、かぜの通り道にあたっており、

春にはあたたかい南の国からの便りが、町一番に

届きます。今ごろは、北のつめたいかぜと南のあ

たたかいかぜがまるで陣取りごっこでもしている

かのように、この丘めざして吹いてきます。

夏になると、磯の香りを乗せた潮風とんできて、

さやかを海へ誘います。秋には、暴れん坊の台風

が落ち葉の手裏剣をとばして渦巻き忍法でせめて

きます。冬は冬で、鼻のてっぺんがツーンと痛く

なって、涙がでるほどつめたい北風が、お日さま

と鬼ごっこをするのです。

 さやかは、だから町のだれよりもかぜとなかよ

しです。名前だって五月のかぜのさわやかさから

とった、さやかなんですって。これはママから聞

いたはなしです。

  

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 さやかは、かぜたちが一年中でいちばんおしゃ

べりで、元気で、それでいてやさしい5月がだい

すきです。ほうら、耳をすませてごらんなさい。

うらの竹やぶで「サヤサヤサヤ」って、さやかを

呼んでいます。それなのに、どうしたことでしょ

う? いつもならすぐにとびだしてくるというの

に、今日はシーンと静かです。

 かぜたちがしびれをきらして、どこかほかへ遊

びに行こうとしたちょうどそのとき、ドアがいき

おいよくひらいて…

「ルルンブルブルブルン、ひこうきですよ!」

両手に風車を持ったさやかがとびだしてきて、

坂道へ向かって走りはじめました。

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 「かけっこならまけるもんか!」

 かぜたちがさやかをおいかけます。おいついた

かぜが、さやかの髪の毛を膨らませ、髪の毛がさ

やかの頭の上で、ダンスを踊ります。さやかをお

いぬいたかぜたちが、今度は向かいかぜになって

さやかの耳元で「ヒュンヒュンヒュン」とうなり、

風車をいきおいよく回します。

 坂道の両側で、つつじの花が応援しています。

のっぽの街路樹てっぺんではカラスが、電線には

スズメたちが並んで見物しています。

 さやかとかぜたちは、一気に坂を駆け下り、四

角にさしかかりました。あ、あぶない!よこから

ものすごいスピードで、男の子のジェット機がと

びだしてきて、「どっかーん!」

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 二人の眼から星がとびちり、涙がこぼれ落ちま

した。車や自転車でなくてほんとうによかった!

 「ごめんね。ぼくがとびだしたばっかりにきみ

のかざぐるまをぺしゃんこにしてしまって…」

 見ると、ひだりのエンジンのプロペラがクシャ

クシャです。もうあんなにクルクルまわりそうも

ありません。かぜたちもすっかりしょげて、ソヨ

とも吹きません。

 「かわりにこれでゆるしてくれる?」

 男の子はピーピー草でつくった草笛をさしだし

ました。さやかの眼がまあるくなりました。

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 「どうやったらおとがでるの?」

 「おもいっきりいきをすいこんで、やさしくや

さしくふいてごらん」

 教わった通りに吹くと、さやかの息が、草笛を

「ピー」と鳴らしました。

 「うまいうまい、そのちょうし!」

 ピーピー草は、スズメの鉄砲ともいい、穂を取

ると茎が草笛になります。

 「ピーピーピー、ピッーピッーピー…」

 うれしくなったかぜたちが、草笛の音を元気い

っぱい5月の空へはこんで行きます。

 草笛のおれいに男の子にあげた風車も力いっぱ

い回ります。

 「サヤサヤ、ピーピー、サヤサヤ、ピー…」

 さやかは、5月のかぜがだいだいだいすきです。

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6月のお話「でんでんむしのひみつ」 文・片岡輝  絵・花の内雅吉

んでんむしは、いったいどこからやっててきて、どこへきえてしまうのでしょうか?雨が降ると、ふってわいたかのように姿をみせ、晴れるといつのまにかいなくなってしま

うのですから、まるで忍者みたいです。

 淳はでんでんむしが大好きです。誕生日が近くなって、テレビが「今日も全国的に雨でしょう」と放送ようになると、朝から庭をかけまわって、でんでんむしを集めてきます。

 淳の秘密の箱のなかには、親指みたいに大きいものから、ごまつぶのように小さいものまで、「ちゅうちゅうたこかいな、ちゅうちゅう…」と、14匹もいるんですよ。

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14匹を、レタスとキュウリでかっています。おかずのサラダをのこしておいて、ジーパンのポケットにつこんで秘密の箱まではこんでくるので、ジーパンはマヨネーズのしみだらけ。今日もポケットからとりだしてでんでんむしに食べさせようとしたとたん、あとをつけていたお兄ちゃんが、「みーつけた。なにかくしてんだ? …なーんだ、でんでんむしか。淳、秘密を教えてやろう。でんでんむしの正体は、宇宙人なんだ。背中にしょってる家は、ほんとは宇宙船なんだぞ。でもだれにもいうなよ」

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ういえば、でんでんむしの渦巻型の家は、お兄ちゃんの本で見たUFOの絵そっくりですし、つつくと引っ込める2本の角は、宇宙服のアンテナみたいです。

 「ぼく、14人も宇宙人を飼ってるんだ。だれにもわたさないぞ」と心に誓ったとき、「この2匹、ちょいとかりるぜ」と、キュウリでお食事中の〈ジャンボ〉と〈でかでか〉をお兄ちゃんがつまみ上げて、あじさいの葉っぱの上に並べました。

「なにするんだよ。かえしてよ」

 「とりゃしないよ。並べて競争させるのさ。宇宙人の大レース!」

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ぎの日は、梅雨にはめずらしく晴れたのに、淳の2つの眼から大雨が降りました。あんなに大事に飼っていた14匹がのこらずカラカラに乾いて死んでしまったのです。レタスもキュウリもしなびてころがっていました。

淳は、箱をかかえて庭へ飛び出すと、穴を堀りはじめました。

「ごめんね。ごめんね。いま、おはかにうめてあげるからね」

すると、お兄ちゃんがやってきて、淳の手をとめて、こういいました。

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「でんでんむしは宇宙人だって教えただろう。宇宙人はそんなにかんたんには死なないんだぞ。宇宙船を空に近いところに並べておくと、だれも見ていないときに宇宙へ帰っていくのさ」

 淳は、14匹のでんでんむしを、ベランダの塀の上に、ていねいに一列に並べ、「ぶじにうちゅうに帰れますように」とおいのりしました。

 夜から朝にかけて、雨が降りました。淳がベランダに出てみると、でんでんむしは、もう影も形もありません。そして、14匹を並べて置いた塀の上には、キラキラ光る14本の銀色の線が、不思議な形を描いて残されているのでした。

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7月のお話「ナナのアサガオ」 片岡輝・文  花の内雅吉・絵

いなかのおじいちゃんが送ってくれた黒いタネから大きなアサガオの花が一輪咲きました。今日はナナの誕生日。つるの先にはバースデイケーキに立てるねじりロウソクそっくりなつぼみが、かぞえるとナナの年と同じ数だけ5つついています。

「おじいちゃんからのプレゼント、よかったわね」とママ。

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「パパがちいさかったときは、アサガオの花のみつをすいに飛んできたダンゴバチやミツバチが花の中にもぐりこむと、花びらすばやく手でつまんで、ハチたちを花の中にとじこめて遊んだものさ」

「ハチはどうなるの?」

「花の中でブンブンワンワンおおさわぎさ」

「さされないの?」

「さされるまえにパット花を開いて逃がしてやるのさ。たまにはさされることもあったなあ。さされたら、いそいでおしっこをつけるんだ。はれあがらないようにね」

「えーつ、おしっこ?」

「よくきくんだぞ。ハッハッハ…」

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パパがおしごとにでかけてしばらくしてのこと、ナナがべそをかきながらとんできました。

「ママ、ママ、どうしよう?お花がしぼんじゃったの」

「アサガオは早起きでしょ。だからお日さまがまぶしくてしぼんだのよ。ナナちゃんに面白いことおしえてあげる。しぼんだ花をつんで、花の先を手でつまんで、根元のところから、息を吹き込んでごらんなさい。ポン!ってかわいい音を立ててはじけるわよ」

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ナナが思いっきり息を吹き込むと、風船ガムが破れた時のような音がして、しぼんだ花がはじけました。

「今度は、しぼんだ花を集めて、水を入れたコップの中で、ギュギュってしぼってごらんなさい。アサガオ色のすてきな色水ができるわよ」

色水はかんたんにできました。コップをとおして辺りを見ると、世界中がきれいなピンク色に染まっています。ピンク色の空、ピンク色の犬のシロ、ピンク色の弟のケンちゃん

…あ、ケンちゃんが大事なつぼみをむしり取ろうとしています!

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「だめ!ナナのお花とっちゃだめ!ほしかったらケンも自分でタネをまきなさい」

ナナナのけんまくに、ケンはびっくりして走っていってしまいました。

明日は七夕さまです。折り紙を切ってつくった短冊にナナはこう書きました。

「おほしさまにおねがい。あお、あか、ピンク、しろ、むらさき、きいろ、おれんじのはなをさかせてください」

アサガオには、きいろやオレンジの花は咲かないのにね。お星さま、きっと困るでしょうね。

 つぎの日の朝のこと。ナナがバースデイプレゼントにもらったママの手作りのゾウの枕を抱いて寝ていると、ケンが大声をあげながらとびこんできました。

「やったー!やったー!ぼくがまいたタネからおはながいっぱいいっぱいさいた!」

ナナがお庭に飛び出してみると、どこにも新しい花なんか見当たりません。

「ぼくね、きのう、アサガオのところにビー玉のタネをたくさんまいておいたんだ。そしたら、ほら、おはながいっぱい!」

ケンが指さす方を見ると、アサガオの葉っぱのあちらこちらに、まあるい朝露がお日さまの光を受けて、キラキラキラキラとひかり輝いておりました。

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8月のお話「おじぞうさんのぼうし」 片岡輝・文 花の内雅吉・絵

ときどき思い出したように吹いてくる風といっしょに、風鈴が夏のうたをうたいます。
  八郎は朝からギコギコ、ノコギリと格闘しています。大きな板は切られるのがいやなのでしょうか。だだをこねて逃げ回るので、ノコギリのはがあっちへひっかかり、こっちへひっかかり、なかなかしごとがはかどりません。それでもなんとか2枚は伐り終えて、あと1枚切ったら、こんどはトンカチでくぎを打つ番になるのです。八郎の頭の中には、もうしっかりと設計図が描かれいています。

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  切り終えた3枚のいたを八郎は〝コ〟の字型に組み合わせてくぎで打ちつけました。横っちょにはみ出したくぎの先も、とちゅうで〝く〟の字に曲がってしまったくぎの頭も、トンカチでしっかりと打ち込みました。そのとき、八郎は左の人差し指をトンカチで思いっきりぶって、あずきほどの血豆つくってしまいました。でも、今日はべそひとつかきません。八月の太陽がぎらぎら笑っています。
  八郎は〝コ〟の字型の板をかかえて路地を駆けぬけ、表通りの四つ角にやってきました。麦わら帽子の上にとんぼのアキアカネがとまっています。四つ角では、おじぞうさんがカンカン照りの太陽に焼かれて、八郎を待っていました。

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  「おそくなってごめんね。まいにち、あついなか、ありがとう。さあ、これをかぶってみて」
  設計図通り、〝コ〟の字の木のぼうしはおじぞうさんの頭にぴったりでした。八郎が朝から汗だくでつくった木のぼうしをかぶって、おじぞうさんは涼しそうです。
  八郎が生まれた8月には、セミとり、スイカわり、ぼんおどり、縁日、花火大会、プール、山登り…と、楽しみがいっぱいで、毎日がまるで誕生日のようです。

  空が夕日でまっかに焼けて、今日は待ちに待った縁日です。八郎が100円玉をしっかりとにぎりしめながら、四つ角のおじぞうさんの前を通り過ぎようとしてふと見ると、「あれ? 木のぼうしかぶってないぞ」
 でも、いまはそれどころではありません。
お宮のほうからㇷ゚―ンと縁日のいいにおいが八郎の鼻をくすぐります。
 「あとでさがしてあげるからね!」
 そういいのこすと、八郎は縁日へダッシュ。

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  裸電球に照らされて、ソース焼きそばがジュ―ジュ―とおいしそうな歌をうたい、焼きイカがダンスを踊っています。チョコバナナも綿あめも「おいでおいで」をしています。
ハッカあめの笛が「八郎くん、吹いてごらん、甘くってスース―するよ」と呼んでいます。
 でも、食べ物は食べてしまえばそれっきりです。「ライダーお面がいいかな? ヨーヨーもたのしそうだな…」と、あれこれ迷いながら行ったり来たりしているうちに、八郎は金魚すくいの前にでました。
 「へい、いらっしゃい」と、腰を浮かせたおじさんのお尻のしたに、おじぞうさんの木のぼうしがチョコンと椅子の代わりに置いてあるではありませんか。
 「あのー、それ…」と、八郎が指さすと、
 「まいど、ありー、100円いただきますよ」というわけで、薄い紙を張った網を2本もらい、八郎は金魚すくいにチャレンジすることになりました。

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  水そうは、たくさんの金魚で満員電車なみの混みようです。八郎はとりわけ元気な出目金をねらうことにしました。でも、相手は一筋縄ではいかない大物です。1本目の網は見事に破られてしまいました。八郎が2本目の網ですくおうとしたとき、おじぞうさんが水槽の底にあらわれて、出目金を手招きしました。すると、出目金は急におとなしくなって、おじぞうさんの左手の上に横になりました。
  「いまだ!」八郎が出目金を見事にすくい上げたとき、おじぞうさんはもう姿を消していました。
 「わー、わしの可愛い出目金が…」
頭を抱えているおじさんを見ながら、おじぞうさんのぼうしをお尻に敷いたバチがあたったのかもしれないと、八郎は思いました。

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9月のお話 引き出しの中の海 片岡輝・文 花之内雅吉・絵

夏の間、あんなに元気よく磯の岩場の上で

走り回っていたフナムシたちは、いったいど

こにかくれてしまったのでしょう? そうい

えば、色とりどりの車に乗って街から海水浴

にやって来る人たちも、九月も半ばを過ぎる

とパタリと姿を見せなくなりました。すると

海の色までが急に明るさをなくして、どこか

よそよそしいのです。

 でも、ふみは、そんな誰もいない海が大好

きです。砂浜に置いてけぼりされたペンキが

はげちょろけになったボートによりかかって

寄せては返す波の音を聞いていると、ふみは

一度も聞いたことがないお父さんの声を聞く

思いがするのでした。

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ふみのお父さんは、ふみが生まれた年の夏

の終わりの嵐の晩に、小さな船といっしょに

海に沈みました。だから、ふみは写真の中の

お父さんしか知りません。漁船の船長さんだ

ったお父さんは、釣り上げた大きな魚を手に

持って、白い歯をみせて笑っています。

 ふみのお母さんは、お父さんを海の底へ連

れていった海が大嫌いです。ふみが、ひがな

一日海辺にいて波の音を聞いていると、「お

まえも海にさらわれますよ」と、恐い顔をし

てにらむのです。でも、ふみは海がちっとも

こわくありません。だって、お父さんが住ん

でいるところなんですもの。

嵐が南の方から近づいているのか、海のご

きげんがだんだん悪くなってきました。波と

鬼ごっこしていたふみは、頭から波しぶきを

かぶって、かんかんです。

 と、その時、男の子が白い裸馬にまたがっ

て、なぎさのかなたから矢のように走って来

るのを見たのです。

 男の子は髪をなびかせ、波を蹴散らしなが

ら疾風のようにやってきて、ふみの目の前で

ぬれた砂を跳ね上げたかと思うと、そのまま

まっすぐ沖へ向かって駆けて行き、みるみる

うちに、白い牙をむく荒波の中に姿を消して

しまったのです。

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それは、ふみが声をあげる間もない出来事

でした。われにかえったふみは、渚を走って

走って、浜の権助じいさんのところへころが

りこみました。

「おじいちゃん、白い馬にのったおにいちゃ

んが、いま、沖の方へはしっていったの。は

やくたすけないと、死んでしまう」

 魚をとる網をつくろっていた権助じいさん

は、ふるえているふみをやさしく抱きしめな

がらこういいました。

 「そうか、白い馬に乗った男の子を見たか。

 その子を見たら、もう夏は終わりじゃ。まも

なく秋の嵐がやってくるぞ」

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ふみは帰り道、なぎさでたくさんの夏の思

い出を拾い集めました。

 おはじきにちょうどいい大きさをした巻貝

のキサゴを三つ。宝石のようにキラキラ光っ

ているホシキヌタ貝。小さな小さな貝殻が集

まっている砂浜では、花びらのようなサクラ

貝、うずら豆のような形のミゾ貝……。

 そして、なによりうれしかったのは、ふみ

の大好きなあんパンそっくりなヨツアナカシ

パンを見つけたことです。ヨツアナカシパン

は、ウニの仲間で、ほんとうにおいしそうな

形なんですよ。

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海辺で集めた夏の思い出を、ふみは箱につ

めて、机の引き出しにしまいました。しまい

ながら、ふと、「白い馬に乗った男の子はい

ったい誰だったのかな? もしかしたら、あ

の子のお父さんも海の底にすんでいて、お父

さんに会いにいったのかもしれない。ふみも

海女さんのように海にもぐって、お父さんに

会いたいな」と、思いました。

 その晩は、権助じいさんのいったとおり、

秋の嵐になりました。窓をたたく激しい雨の

音でなかなか眠れないふみが、机の引き出し

をそっと開くと、夏の思い出たちがやさしい

子守唄を歌って、ふみを深い眠りの海へ連れ

て行ってくれました。夢の中で、お父さんに

会えるといいですね。 

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10月のお話 ススキの花嫁さん 片岡輝・さく 花の内雅吉・絵

夏の太陽にやかれて、野原のみどりいろの洋服は、もうすっかり色あせて、黄色っぽくなっていました。林の木の葉っぱたちのなかには、はやばやとオレンジや赤や金色の秋のファシッョンに衣替えをすませたおしゃれさんも見られます。

 十造は、朝から宝探しで大忙しです。ズボンの4つのポケットは、クヌギやコナラのドングリでパンパンですし、シャツの胸ポケットには、いろとりどりの落ち葉がぎっしりつまっています。

 細い木の枝には、モズが突き刺したカマキリがミイラになっていました。十造がお墓を作ってカマキリを埋めて林からでてくると、あたり一面、真っ白い穂をつけたススキが秋の風とラインダンスを踊っていました。

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 十造が、逃げ回るススキの穂をつかまえようと、爪先立って手をのばしたとたん、いきおいあまって、ススキの上にひっくりかえってしまいました。

 「ククククク…」

 笑い声にハッとして、辺りを見回すと、ネコジャラシのげじげじひげをつけた女の子が目の前に立って笑っています。

 「きみだあれ? どこの子?」

 「わたし、かんな。十月の子よ」

 「ふ~ん。ぼくも十月生まれ。十造っていうんだ」

 十造は、宝物のドングリをポケットから出して、かんなのためによく回るコマを作りました。おかえしに、かんなはハトムギの実で数珠玉の首飾りを作って、十造の首にかけました。

 「女の子がネコジャラシのひげをつけるなんておかしいよ。ほら、こっちの方がよく似合う」

 十造が、ススキの穂でかんざしを作って、かんなの髪にさすと、チャラチャラ…とすてきな音がしました。かんながつけていたネコジャラシのひげは、十造の鼻の下で、立派なちょびひげになりました。

 「かんなちゃん、はなよめさんみたい」

 「十造くんは、かんなのおむこさんね」 

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次の日、ちいさな花婿さんは、お庭でコスモスをつんで、ちいさな花嫁さんに贈るかわいい花束を作りました。一緒にプレゼントする星の形をした金平糖を入れたマッチ箱が、ポケットの中でさっきからコロコロと弾んだ音を立てています。

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 「かんなちゃん、どーこ?」

 十造の声が、ススキの原っぱを駆け巡ります。どんなちいさな物音でも聞きもらすまいと耳を澄ませても、「ククククク…」というかんなの笑い声は聞こえてきません。十造のほっぺに涙が2本の線を描きます。どこかでモズが、甲高く笑っています。

「おじいちゃん、かんなちゃんのお家をしらない?」

 おじいちゃんは、何を勘違いしたのか、

「神無月というのはな、日本中の神様が出雲の国にお集りになって、縁結びの相談をなさるんじゃ。神様がお留守になるので、神が無い月、神無月というんじゃよ。わかったかな? わからんじゃろうな」

 「わかってないのは、おじいちゃんのほうだい!」

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 十造は、町の方へ走って行きました。途中で会ったお米屋さんのおじさんが、かんなの家を教えてくれました。                 

「こんにちは、かんなちゃんいますか?」

「ええ、おりますよ。かんな、あなたにかわいいお客様ですよ!」

 「あら、だれかしら?」

 花嫁姿のお姉さんが、奥から顔をだしました。角隠しの白さが十造の目にしみます。(あ、郵便局のおねえさんだ!)

十造は、だまってコスモスの花束と金平糖の入ったマッチ箱を花嫁さんに渡すと、後を振り向かずに駆けだしました。

 「きょうは、いそがしいな。もうひとつ、コスモスの花束をつくらなくっちゃ!」

 ススキのちいさな花嫁さんがみつかるといいですね。

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11月のお話 夕焼の色は柿の色 片岡輝・文 花之内雅吉・絵

ばあちゃんが縁側でひなたぼっこをしながら毛糸で編み物をしています。のぶの手袋を編んでいるのです。のぶが、おばあちゃんのしわしわの手が編み棒を両手に持って、器用に毛糸を編んでいくのをあきずに見ていると、「のぶちゃん、たいくつでしょ。おばあちゃんがナゾナゾをだすからこたえてごらん。あ、わかるかな? 赤い顔して木の上に座っているモノなーんだ?」「あ、わかった! おさるさんでしょ」「ブー!、お庭をよーく見てみて」お庭をぐるっと見回すと、柿の木の枝に赤い顔をした柿の実が一つ、座っています。

           

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「なーんだ、柿の実のことか!」

「大当たり!のぶちゃんの誕生日のころになると、みーんな落ちてしまって、一つか二つきゃ残っていないわね」

お庭の柿の実は、渋柿です。お口がひんまがってしまうほど渋いので、だれも取って食べません。真っ赤に熟すと、自分の重さで、一つ落ち、二つ落ちして、だんだん枝がさびしくなってくるのです。

「ねえ、おばあちゃん、鳥たちも渋柿ってしってるのかな?」

「鳥さんたちもかしこいからね」

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庭には、すずめ、もず、むくどり、おなが、きじばと、からす…いろんな鳥たちがいれかわりたちかわり、やってきます。毎朝、のぶがまく、ごはんやパンくずを食べにくるのです。

そのなかに、一羽、右脚にけがをしたすずめがいて、

「チュピ! おはよう、ごはんですよ」のぶが呼ぶと、脚をひきずりながらピヨンピヨンピヨンとやってきて、おいしそうにえさをつつくのです。のぶはチュピがかわいくてかわいくてたまりませんでした。

の朝は、雨でした。のぶは、鳥たちのえさ箱がねれないように軒下におきました。でも、冷たい雨のせいか、鳥たちは一羽も姿を見せません。

「チュピ、いらっしゃい。ごはんですよ。たべないと、元気になれませんよ」いくらやさしい声で呼んでもチュピは姿を見せません。どこかでお腹をすかせて、ふるえながら雨宿りをしているのかと思うと、かわいそうでなりませんでした。

のぶは、おばあちゃんと、手袋のあまりの毛糸で、あやとりをして遊びました。

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のう、一日中降っていた雨が、地面のあちこちに落ち葉で貼り絵を作りました。のぶが、えさ箱をお庭に運びだそうとした時でした。ぶどう棚の下に、ちいさな茶色のぼろきれのかたまりのようなものが落ちているのを見つけました。

「なにかしら? ぬいぐるみのお人形さんみたい…」

のぶは、近寄ってみて、思わず「あっ」と息をのみました。チュピのふっくらとしていた羽根が雨に打たれてべっとりとからだに張り付いて、小さく小さくなってチュピが死んでいたのです。のぶは泣きながらおうちに駆け込みました。

  

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「生きているものは、いつかかならず死ぬときがくるのよ。わたしにもね。チュピには今日がその日だったの」柿の木の根方に、おばあちゃんがチュピのお墓を作ってくれました。のぶは、チュピが寒くないように落ち葉の毛布を何枚も何枚もかけてやりました。

「天国にいったら、また元気にとびまわってね」

一つだけ残っていた柿の実が、チュピのお墓のそばに落ちてきました。柿のみの真っ赤な色に染まった空を見て、おばあちゃんがいいました。

「なんてきれいな夕焼でしょう! 明日はきっとすばらしい秋晴れですよ」

                  

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12月のお話 みつるのクリスマス 片岡輝・文  花之内雅吉・絵

旧式の熱はかりの水銀の線がぐんぐん上が
り、40の目盛りを越えそうな勢いです。
 「あらあら大変なお熱!すぐ、お医者さん
に来ていただかなくっちゃ」
 ママがあわててみつるの寝ている部屋から
飛び出して、スマホをかけに行きました。
 お部屋に飾ってあるクリスマスツリーが心
配そうにのぞきこんで、「昨日、ぼくをかざ
るのにがんばりすぎたからですよ。今夜、サ
ンタさんがやって来るまでに、注射を打って
もらって熱をさまさなくっちゃね」
 「あれっ? ツリーがはなしてる。もしか
して熱で夢をみてるのかな?」

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すると、とつぜん、火のように熱いみつる
のからだが、宇宙飛行士のようにフワリと浮
き上がったかと思うと、果てしなく広い銀世
界の白い白い雪の中にみつるは立っていまし
た。
 雪がちっとも降ってこないので、サンタさ
んをのせたトナカイのそりが走ってこられな
いのじゃないかと心配していたみのるは、
 「やった! 雪だ。行きが降っている!」
 みつるは、うれしくなって、ちいさな子犬
のようにとびはねました。
 空のはるか高いところから、おどるように
舞い降りてくる雪と鬼ごっこしているうちに
いつしかみつるは林のなかに迷い込んでいま
した。

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 細い木の枝につもった雪を指ではじくと、
雪のかたまりはロッケトよりも早く飛んで行
き、林のなかのお地蔵さんの背中に見事命中
しました。お地蔵さんがくるっと振り向いた
ので、みつるが、「あっ、ごめんなさい」と
あやまると、お地蔵さんだと思ったのは、み
つると同じ年頃の男の子で、クリスマスのパ
―テイでかぶるピエロのお面をつけていまし
た。    

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「ぼく、待ちきれなくって、サンタさんを
むかえにきたんだ。プレゼントには24色の
絵の具をたのんだんだ」
 「じゃあ、ぼくとおんなじだ! サンタさ
ん、間違えて12色を持ってこないかなあ?」
 そのとき、ダダダダダダ…エンジンの音が
して、スタッドタイヤをはいたオートバイが
丘の上に現れました。
 二人の目の前で、トナカイのシールをはっ
たオートバイから降りてきたのは、メガネを
かけたサンタさんでした。

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「夜、枕もとにこっそり届けるのがきまり
なんだが、今日は特別大サービス。でも、このこ
とはここだけの秘密だよ」
 サンタさんは大きくふくらんだ靴下を、二人に
一つづつ渡すと、オートバイに乗って行ってしま
いました。
 靴下のなかには、24色の絵の具がちゃんと入
っていました。
 「あのサンタさん、どこかで会ったような気が
するぞ。あっ、そうだ、小児科のお医者さんだ!」
 二人は、ハーハーといきを吹きかけ、雪を
溶かし、絵の具をといて、真っ白い雪のカン
バスの上に絵を描きました。
 みつるは、クリスマスイルミネーションが
きらきらと輝く街を描きました。
 男の子は、駅とレールと列車を描きました。
レールは丘を越えて雪が舞う灰色の空まで続
いていました。
 「出発進行! ポッポー」
 男の子が乗った列車は、白い蒸気と黒い煙
をいきおいよく吐きながら、レールの上を走
って、やがて見えなくなってしまいました。
 みつるの熱が下がったのは、夜中のことで
した。みつるの枕もとには、ふくらんだ靴下
が約束通り、届いていました。   

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1月のお話 ひゅういやろのお正月 片岡輝・文 花之内雅吉・絵

ひゅういやろのの、ひゅういやろ、とうとうたらり、とうたらり……お正月になると、にぎやかなお囃子にのって、さんばっさんのお人形が薄暗いお宮の中からニコニコと笑いながら現れて、ツーンと鼻が痛くなるような冷たい風に吹かれて、ぶるぶると身ぶるいをしながら、まるでうなるような、うたうような声で、「まずまずお舞いたまえ……」とくりかえして踊る人形芝居を、お父さんの肩車に乗ってみるのが、睦子のお正月の楽しみでした。今日は、大晦日。明日は待ちに待ったお正月です。

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ころが、冬将軍が朝から暴れ始め、吹雪が強いので、街から山道を登って来る路線バスが運休になってしまったのです。睦子のお父さんは、山の仕事が暇な間は、街で働いていて、いつも大晦日にたくさんのおみやげといっしょに帰って来るのです。

 睦子は、窓ガラスに鼻のてっぺんを痛くなるほど強く押し付けて、お父さんを乗せたバスが峠を越えて走ってくるのではないかと、粉雪の分厚いカーテンの向こうをにらみつけています。

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ひゅういやろ、ひゅういやろ……上のお兄ちゃんが吹く笛の音が、吹雪の中に吸い込まれていきます。

 「この分だと、さんばっさんも今年はお休みになるかもしれんぞ」

お兄ちゃんは中学生で、さんばっさんのお囃子で笛を吹く係です。

 「お父さんも帰ってこれないし、さんばっさんもお正月も今年は来ないんだろうか?」

睦子がしょんぼりしていると、おにいちゃんがこんな話を聞かせてくれました。

 「昔、きこりが、さんばっさんの祭りに燃やす薪をとりに山へ入っていった。すると…

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将軍が、〝おれたちを追っ払って春の女神を呼び寄せるとは、ふとどき千万。そんな祭りは吹き飛ばしてくれよう〟と、びゅうびゅうぼうぼう雪交じりの嵐を巻き起こし、きこりを凍え死にさせようと、やっきになって攻めて来たそうな。きこりは、腰まで雪に埋まりながら、しびれて、もうなんにも感じなくなった両手に斧をしっかりと握りしめて、がっきがっきと木の幹にさんばっさんの人形を彫っていったんだと。一番叟は美しい春の女神、二番叟は千年も万年も生きたおじいさん、三番叟は福々しい福の神さまであったんだと。きこりが、さんばっさんを彫り終えたとき、きこりは、もう雪ん中にすっぽりと埋まっていたそうな」

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「ね、それできこりはどうなったの? さんばっさんのおまつりはどうなったの」

 「きこりがさんばっさんを彫り終えたとき、冬将軍は、吹雪の詰まった袋の中身をぜーんぶ使い果たして、さんばっさんにはとてもかなわんと、しっぽをまいてにげていったんだそうな」

 「あー、よかった!」

 睦子は、すっかり安心して、こたつの中で眠りこんでしまいました。

ぎの朝は、吹雪もやんで、うそのように

 おだやかな元日でした。睦子が目を覚ますと枕元に新しい羽子板と、きれいな羽根が並んでいます。

 「あ、お父さんだ! さんばっさんが冬将軍を追っ払って、お父さんを連れて来てくれたんだ

!さんばっさん、ありがとう!」

 ひゅういやろうのひゅういやろう……お兄ちゃんが吹く笛に、鼓がとうとうたらりとうたらり……と、にぎやかに加わって、さんばっさんがお宮から出てきました。お父さんの肩車に乗った睦子が、「ありがとう」と、お辞儀をすると、さんばっさんが三人そろって春の笑いを辺りに振りまくのでした。

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2月のお話 銀河へ飛んだ樹々 片岡輝・文 花之内雅吉・絵

高い丘の上に建つ樹々の家の二階の窓から、まるでハリネズミの針ように、細くとがった枝を空に向けて背比べをしている雑木林が見えます。

 2月生まれの樹々の名前は、如月(きさらぎ)の〝き〟と〝ぎ〟をとって、丘を取り巻く樹々の字を当ててつけられました。しっかりと大地に根を張って、たくましく育ってほしいというお父さんとお母さんの願いがこめられているのです。

 樹々は、さっきから空の雲に頼み事をしています。雲はいかにも困ったという顔して、「そりゃ無理というものですよ。いくらぼくが頑張っても昼を夜にすることはできませんね」

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々は、いつもより1時間でも1分でも早く夜にしてほしいと、雲に頼んでいたのです。

 リビングから、ケイタイでおしゃべりをしているお母さんの声が聞こえてきます。「2月って、ほんとにあっという間ね。2月のことを逃げる2月っていうんですってよ。あら、もうこんな時間!急いでお夕食の支度をしなくっちゃ。お宅のおかずはなーに?…あら、うちもおなじにしようかしら…」

 お母さんが長話をしているうちに、空が暗くなって、樹々が首を長くして待っていた夜がやってきました。

             

 ごはんは、樹々の大好きなカレーライスでした。

 「あら、樹々ちゃん、お変わりは?」

 「もう、おなかいっぱい! ねえ、はやくかげえあそびしてよ、ねえ、はやく!」

 「あなた、ほんとにパパそっくりでせっかちなんだから。じゃあ、リビングの電気を消して日本間の障子の前に座ってちょうだい」

 樹々がスイッチを切ると、お母さんの姿は障子の向こう側に消えていて、「こんこんこんこんばんは」と、キツネがぺこりとおじぎをするのでした。

 「キツネさん、こんどはネコにばけてみせて」

樹々が頼むと…

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ツネがくるんとでんぐりがえって、「にゃーおん」と、もうネコになっていました。

 ネコは、しっぽをぴんと立てて、キッチンの方へと歩いて行きます。

 「あ、カレーのおなべをなめちゃだめ!」

 すると、「うー、わんわんわん」イヌが飛び出してきて、ネコに大きな口をあけて吠えかかります。ネコはサッと姿を消しましたと、その時です。とつぜん、雲をつくような大男が現れ、今にもイヌを踏みつぶさんばかりに迫ってきます。樹々は、思わず大声で叫んでいました。「イヌをふまないで!」

 「ははははは、ぼくだよ。お父さんだよ。ただいまー」

 「おかえりなさーい! びっくりしちゃった」

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の夜、樹々はなかなか寝付かれませんでした。窓に映る影を見るともなく見ていると、「バサバサバサ」と何かが羽ばたくような鋭い音がして、大きな影がベッドに横になっていた樹々の上に覆いかぶさりました。

 「樹々ちゃん、さ、いそいでぼくの背中に飛び乗って!」

 樹々は跳ね起きると、翼を広げている夜鷹の背に飛び乗りました。

 樹々を乗せた夜鷹は、力強くはばたいて、星のダイヤモンドがきらめく夜空に向かって舞い上がりました。

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鷹が、ふわりと舞い降りたのは、金色に輝く月の上でした。クレーターの中からウサギが現れて、樹々とぴょんぴょんダンスを踊りました。月では、誰でもトランポリンの選手みたいに軽々と飛び上がることができます。

 樹々が調子に乗って月の砂漠を思いっきり蹴ると,体がぽわぽわぽわんと浮き上がり、まるで手がそれた手毬のようにとんでとんで、気が付くと、銀河のはずれに独りぼっちで浮かんでいるのでした。

 樹々が途方に暮れていると、星のかげからキツネやネコやイヌがあらわれ、けらけら笑いながら、おいでおいでと、手招きするのでした。

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